2020年大学入試改革を前に、小学校低学年の親ができること
AI時代には、今の子どもたちの約65%が「今の社会に存在しない職業」に就くという説もあるなど、従来の価値観とはまったく異なる時代がやってきます。2020年に大学入試改革が行われるのも、こうした動きを捉えたもの。そんな未来に子どもたちを送り出す親は、どんな準備をしてあげられるでしょうか。「子どもの大学受験なんてまだ先のこと」と思っている人にこそ伝えたい、「今、子どものためにできること、すべきこと」とは?
河崎 環
コラムニスト。慶應義塾大学総合政策学部卒。予備校・学習塾での指導経験を経て、教育・子育て、政治経済、時事問題、女性活躍、カルチャー、デザインなど多岐にわたる分野での記事・コラム執筆を続け、政府広報誌や行政白書にも参加する。22歳女子と13歳男子の母。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。
大学入試改革から見えてくる「社会はこれからどう変わる?」
2020年の大学入試改革を前に、様々なメディアで「日本の教育が変わる」と騒がれています。しかし、改革が行われるのは目先を変えるためではありません。新しい技術が生まれ、世界が激しく動き、社会の仕組みが大きく変わろうとしている中で、日本が新たな人材育成を行なうための意思表明をしているということでもあります。
単に受験のやり方が変わるということにとどまらず、そもそもの社会が変わっていく中で、私たちは大人としてどのような心構えを持ち、何を子どものために準備してあげるべきなのか。高い進学実績を誇る個別進学塾TOMASなどを運営する、株式会社リソー教育の教務本部入試対策本部 課長 伊藤輝明さんにお話をうかがいました。
―大学入試が変わるのはこれからの社会が変わるからだということを、どれくらいの親御さんが意識されているのでしょうか?
株式会社リソー教育 教務本部入試対策本部 課長 伊藤輝明さん(以下、伊藤)
詳しい方はとことん詳しく、そうでない方は全く意識していないという、両極端ですね。たしかに、今の子どもたちの多くが現在存在しない職業に就くだろうとの話はあります。10年後なのか20年後なのかはわかりませんが、遅かれ早かれそうなるでしょう。ただ、インターネットやそれに関係する職業だって、30年前には考えられませんでした。今ある職業がなくなることを悲観するよりも、これから新しいビジネスや多様な働き方、あるいはそういう変化を生み出していける人材を何人も育てられる社会をつくることが大切ではないかと思います。
―未来に翻弄されるのではなく、未来を創る側の人材ということですね。
伊藤 人は、世の中を変える人と、その変革にうまく乗れる人、乗り遅れてしまう人の3つに分かれると思います。変える側の人になるのは1000人に1人、10000人に1人かもしれませんが、そういう人材を日本から出せるかどうかがポイントです。そのためには前向きに強く生きて成功体験を積み、チャレンジしていける子どもを育てることが鍵になります。
―時代や求められる人材観の変化に対応し、日本の教育も変わりつつあるようです。
伊藤 キーワードは「世界でビジネスを戦える人」です。もはや日本の中だけで通用する時代ではありません。日本の大学に進まない人も増えるでしょう。日本のトップ大学へ入学してからも、さらに海外に留学する方がたくさんいます。どんどん世界に飛び出していける人材のための体制も今後充実していくでしょう。一方、少子化の中で、日本の大学自体も生き残りをかけた現実に晒されています。トップ校は研究機関として世界ランキングでの位置を強く意識する一方で、中堅私立は偏差値とは少し違った軸、例えば英語や芸術への特化を進めるなど、差別化に必死です。
正解を知っているだけの子どもが評価された時代は終わる
―大学が求める学生像、求める能力が変わるわけですね。今、小学生のお子さんをお持ちの親御さんは、そういった教育の変化を意識されていますか。
伊藤 中学受験が視野に入る小学4年生の保護者くらいになると、学校見学などを通じて大分意識が変わります。ただ、お子さんが低学年では、まだその変化を感じていないかもしれません。それでも、大学入試改革をめぐる報道で、英語の4技能評価とセンター試験がなくなることの2点が特にクローズアップされているためか、英語に取り組ませている親御さんは多いです。ただ、先ほどの「世界で戦えるか」という視点に立つと、その英語で何ができるかを考えて欲しいですね。グローバルな場で要求されるのは、自分の考えを発言し、記述できるかということです。「わかりません」と曖昧に濁すようでは、もうこれからの時代では通用しないでしょう。教えられた正解を覚えるだけではなく、自分たちで考え、議論しながら物事を進めていくことが欠かせません。「私はこう思う、なぜなら……」と主張できる力は、幼稚園教育まで含めて大きな要素になっていきます。
―中学受験でも既に意見を求める出題があるようです。
伊藤 顕著な例としては、2018年度の開成中で、2つの店舗での売上データと社員の評価を題材とした“国語”問題が出され、教育業界で話題になりました。慶應義塾湘南藤沢中でも、新しい教室を設計するとしたらどんな工夫をするか。工夫したい点を2つとそれぞれの理由を述べなさい、といった記述問題が出ています。これらの問題で一番やってはいけないことは何か?
それは自分の考えを述べること自体を放棄し、白紙で提出することです。
自分で調べ論理的に思考するクリエイティブな能力はどう育てるのか
―そのような問題に対応できる子ども、つまり自分で考え、意見を持ち、自己主張できる子どもを育てるにはどうしたらいいのでしょうか。
伊藤 私は、自分で考えさせ、自分のことは自分でしてみようと促し、体験させる「教えない教育」がその答えの一つではないかと感じています。「先生、教えてください」とやって来る子どもにすぐ解法を教えてしまうのでなく、どこまで自分で考えてきたかを見て「もうちょっと自分で考えてみよう」とうまく導くのが私たちの仕事です。いかに教えすぎず、先回りをせず、責任を持たせて大人として扱ってあげるか。転ばぬ先の杖をあえてつかず、多少の失敗が目に見えていてもやればいい。いい失敗をたくさんさせることが、結果的に子ども本人を最も成長させるからです。
―大人はつい、失敗や間違い、悪い点を取ることなどを怒ってしまいがちです。
伊藤 本当に危ないことなら止めるべきです。でも正解でないからと止めてしまうのは避けたいですね。いい失敗の定義とは「次にチャレンジできる失敗」です。同じ失敗をしなければいいだけの話なんです。失敗したこと自体を叱ると、その子は自信をなくし失敗を怖がって挑戦せず、大きな成功を逃すかもしれない。様々な起業家が、幾つもの失敗を繰り返した先で成功しています。若いうちの失敗は失敗じゃないんですよ。正解を教え、それを鵜呑みにさせるのを「効率的」と考える教育は過去のもの。先生だけが喋っている授業はやめるべきです。
―小中高の教育現場ではアクティブラーニングという手法も取り入れ始めていますね。
伊藤 公立校でも取り組んでいますが、私立校はもう少し先を行って踏み込んだ教育を行っています。小1からグループワークで考えを発表させる授業などでは、教室の中を生徒たちが歩き回ってみんなで考えをまとめていくのを先生がニコニコ見ているんです。そうしたアクティブラーニングで生徒が意見を言う様子が刺激となって、他の生徒も自分から進んで意見を言うようになります。また私立中高などでは、一度留学してから戻って来た生徒がいると教室の雰囲気がガラッと変わっていくといいます。子どもの方が馴染んで勝手に伸びていくんです。
基礎学力は今まで以上に大切かもしれない
―ではもう、調べればわかるような知識は要らなくなりますか?
伊藤 いえ、むしろ知識・技能は今まで以上に必要になっていくのではないかと考えています。これからは「変える側、それに従う側、乗れない側」の3つに分かれるとお話ししましたが、「なぜこの変革が必要か」と主張して周りを味方につけていくには、ほかの人よりもそのテーマについて深く知らなければいけないからです。そのためには、「どうやって調べるか」を身につけることも大事ですし、それを理解して活用する力も要求されます。
ただしそのためには、本当に基礎的なところが大事です。中高生を見ていても、小3レベルの読み書き計算の時点で既に差がついていると感じます。例えば計算能力も、シンプルな2桁の計算を解くことはできても、それに3秒かかる子と1秒で終える子は見えている世界が違うんです。計算スピード一つとっても、そこに3倍の開きが生じているということですから。
―東大にもAO入試と推薦入試、京大にも推薦入試が導入されたとのこと。私大の入試方法もAO入試の比率が高まっています。一芸に秀でた子どもは有利でしょうか。
伊藤 大学入試のために一芸を磨くというものではないでしょう。何か一つのことが好きで好きで仕方なくて、若くして実際に学会発表をするような子どもの「エネルギー」を大学は評価したいのだと感じます。そのエネルギーが今は学力以外の分野で発揮されていたとしても、評価できる入試方法を設けることで、大学側は学生の多様性を担保したいのです。
新しい教育に対応できる親になるためには、子どもの「なぜ」を止めないで
―お話をうかがっていると、親世代が育って来た時代の価値観からの大きな変化を感じます。私たち親自身が知識偏重型の大学入試を経て、偏差値評価にも親しんできた世代です。自分たちとは違うタイプの子どもを育てるために、どう頭を切り替えるべきでしょうか。
伊藤 今回の大学入試改革=教育改革の基本姿勢は、「なぜだろう」と自分たちで考える子どもを育てることです。ですから親は子どもが自然に尋ねてくる「なんで、どうして?」に対して「そんなのいいのよ」と言って制止しないほうがいい。「なんでだと思う?」と質問を返すくらいでちょうどいいと思います。先ほども触れましたが、「なぜ」は「いい失敗をするチャンス」。間違っていたとしても、自分の考えを言えることは、とても大事です。また、親自身も、子どもの質問にすべて答えられるとは限りません。親は子どもの疑問や意見を常に一度は聞いて受け止め続け、時にはあえて答えを示さず、クイズのように本人に考えさせ続けた方が、子どもはワクワクするでしょう。
―親の側で習慣づけておくといい、子育ての心構えなどはありますか。
伊藤 早寝早起きなどの基本的な生活のしつけなどももちろん大事ですが、その上で、普段から子どもに考えさせ、意見を言わせる環境作りをしたいですね。子どもに理由を聞く「原因」、どうなるかを予想させる「推論」、何のためかを尋ねる「目的」の3つを覚えておくといいでしょう。特に「何のため」はゆっくりと語り合って欲しいものです。
―親子で目的を語り合うのですね。
伊藤 たとえば、「何のためにお父さん、お母さんは仕事しているの?」「何のために勉強するの?」といった話題です。親御さんを見ていると子どもの雰囲気がわかるんです。仕事のやりがいを生き生きと語る親御さんの子どもは、勉強や仕事を楽しめる。なんのために学ぶのかという目的感は、いつの間にか「受験のため」などにすり替えられていきがちです。受験は通過点に過ぎないのだから、つまずいても失敗を乗り越えることに自分の成長を感じられ、「勉強は自分の成長が目的だ」と先を見据えて学び続けられる子どもたちを育てたいですね。
―今回の大学入試改革は「大学受験のために勉強するのではない」とのメッセージが伝わってくるものですね。
伊藤 日本が「こういう国になりたい」という姿勢の表明でしょう。一度失敗してもそこから学べる、試行錯誤できる、そういう目線の高い教育を子ども達とどうやって知的に「遊ぶ」か。受験にとらわれるのではない、そういう文化を日本に作りたいですね。子どもの社会を豊かにするには、まず大人社会が変わる必要があるのです。
取材・文:河崎 環
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