キャリア

「夢を育てよ」#11 石田衣良さんに聞く、投資とは「人類の未来に懸けるということ」vol.1


    • Facebook
    • Twitter
    • Hatena
    • Line

    子どものときに抱いた夢を、30年後に現実のものにする。なかなか、それができた人には遭遇しません。その意味で、小説家、石田衣良さんの人生はまさに稀だと言えるでしょう。7歳でSF小説の魅力にとりつかれ、それから30年後に、小学校の卒業文集で「将来、小説家になって本を出版する」と書いたとおりに、小説家としてデビュー。「運が良かった」という小説家人生は、デビュー作『池袋ウエストゲートパーク』が大きくヒット。その後、直木賞を受賞し、小説家の地位を確立していきます。大学生時代は就職しないと決め、一時は投資で食べていく決意を。その後、就職はしたものの、つまらない仕事、組織に耐えきれず退職。フリーランスでコピーライターをするものの、その生活にも飽きてくる……。そんな石田さんのちょっと変わった歩みと、そこで学んだ人生観や発想について、広く語っていただきました。

    小説家 石田衣良さん

    [プロフィール]

    小説家。1960年、東京都江戸川区出身。成蹊大学卒業後、フリーターを経て広告プロダクションに勤務。退職後、フリーランスのコピーライターとして独立。36歳から小説を書き始め、翌年、第36回オール讀物推理小説新人賞を受賞。デビュー作『池袋ウエストゲートパーク』はドラマ化、アニメ化もされ、ロングランヒットとなる。2003年『4TEENフォーティーン』で第129回直木賞を、2006年には『眠れぬ真珠』で第13回島清恋愛文学賞を受賞。新刊『禁猟区』が集英社より発売中。また、ネットでは現在、『石田衣良 大人の放課後ラジオ』をYouTubeによるチャンネルメンバーシップで配信中。

    図書館にあるSF小説の棚を夏休みに制覇

    「子ども時代が、『ウルトラQ』と『ウルトラマン』にドンピシャの世代で、熱狂的にハマりました。特に、ウルトラQは怪獣や宇宙人だけでなく、怪奇ホラーの放送回もあって、僕にとっては強烈なインパクトがありましたね」

    「でも、テレビ放送は週に1回30分じゃないですか。こんな面白いものが他にないのかなあと、小学校の隣にあった区立図書館にふと立ち寄ったら、あったんですね、どっさりと」

    1967年、夏。Tシャツに短パン、白いハイソックスをはいた7歳の石田少年は、その年の夏休み、図書館通いの日々が続きます。夢中になったのは、児童向けに翻訳された、1950年代アメリカのSF黄金期の作品の数々。

    特に印象に残っているのは、地球空洞説をもとに、中に入っていくと恐竜型の地底人がいるというストーリーの、エドガー・ライス・バローズ著『地底世界ペルシダー』。それと、地球の最高の科学者を集めた宇宙探査船が冒険の旅に出る、A・E・ヴァン・ヴォークトの代表作『宇宙船ビーグル号の冒険』。そして気がつけば、図書館のSF小説の棚は制覇してしまいました。

    SF小説に夢中になる気持ちは、やがて「自分も書いてみたい」という思いへと変わります。ただ、ずっと思い続けていたわけではないと言います。

    「それ以降、SFだけじゃなくて、日本や世界の文学、名作をたくさん読んでいくうちに、目線がどんどん上がっていくんですよ。素晴らしい文章力があって、人間的にも大きくないと小説家は無理だと思うようになって。20歳のときには、もう小説家になることはあきらめていました」

    100万円の束を二つ折りにし、ジーンズのポケットに

    大学在学中、就職はしないと決めました。小説家になるためではなく、30歳までは、のんびり世界を見て、そこから好きなものが見つかればという思いからです。

    投資で食べていこうと本気で考えたのも、この頃のこと。生まれ育った家は、東京の下町の商家。祖父や母親が、余ったお金で株式や商品(※1)を買っていたので、子どもの頃から株式投資や商品相場の存在は知っており、身近な存在だったと言います。

    (※1)ここでいう「商品」とは、商品先物取引の対象となる商品のこと。金(ゴールド)、原油、大豆、トウモロコシなどがある。先物取引は、将来の売買の期日や価格について、現時点で約束する取引。

    そして大学3年のとき、建設作業員のアルバイトなどで貯めた資金、100万円をジーンズのお尻のポケットに二つ折りにして突っ込んで、駅前の証券会社へと向かいます。

    「証券会社の人は最初、何だこの男は、と思ったでしょうね。それで、口座開設には印鑑が必要なんですが、ちゃんとしたのは持っていなくて、小学校卒業の記念品としてもらったプラスチック製のハンコ、あれを書類に押しました。それでも、何だかワクワクしてましたね」

    当時の石田さんの買い方は、デイトレーダーのような短期売買はほとんどしません。大型株(※2)の一定期間の値動きを見て、株価の低いところで買い、高いところで売るという手法です。

    (※2)ここでは、東証株価指数(TOPIX)構成銘柄の中の、時価総額と流動性が高い上位100銘柄のこと。

    「その頃で言えば、新日本製鐵(現在の日本製鉄)とかですかね。1株170円くらいだったかなあ。それが20~30円上がったら売る。大きな値幅ではないですが、確実に利益を得るのは、そう簡単ではありません。それでも、株式投資の技術書、ノウハウ本を片っ端から読んで、結局、自分が行き着いた投資法がこれでした」

    株価の動きをとらえた売買は、石田さんが2001年に発表した小説『波のうえの魔術師』(※3)でも、同様のフレーズが謎の老投資家の口から出ます。

    〈波の底で買い、波の頭で売る〉

    タイトルにも使われた〈波〉とは、株価の動きであり、市場の動きのこと。執筆時、日経新聞の1998年の縮刷版以外、資料はほとんど読まなかったのだとか。学生時代からの、いわば腰を据えた投資経験があったからこそ、生まれた作品だったとも言えます。

    (※3)就職浪人中の青年が、謎の老投資家から市場のすべてを教え込まれ、やがてコンビとなり、都市銀行の株価を大きく下落させるために知力を尽くす復讐劇。ストーリーには、当時の社会を巻き込んだ、バブル経済による壮絶なマネーゲームが色濃く反映されている。

    恐ろしく心の強い、かつひどい社員

    就職はせず、アルバイトなどで生計を立てる若者を「フリーター」と称した、まさにその時代。石田さんも大学卒業後、フリーターとして3年ほどを過ごしますが、そののち広告プロダクションに就職をします。

    「実家にいながら、アルバイトをして、投資もして、暇なときは好きな音楽を聴いて、好きな本を読んでという、言ってみればパラサイトですが、そんな生活をしていて。しかし、それも何年かしてちょっと飽きたんですよね。ならば会社の中、組織の中から社会を見るのもいいかな、と。年収の1年分くらいの貯蓄もあり、嫌になったらいつでも辞められるので、就職も気軽な気持ちでしたね」

    職種はコピーライター。しかし、仕事はさして面白くはなく、みんながお互いの顔色をうかがう、組織特有の息苦しさも肌には合いませんでした。

    こんなことがありました。勤務時間終了の18時ジャストにタイムカードを押しに行くと、社長と部長に呼び止められ、こう言われます。

    「石平くん(石田さんの本名)、今日忙しいので、この仕事頼めるかね」

    石田さんは「はい」と返事して、そのままタイムカードを押して帰ってしまう、そんな社員だったと言います。

    「恐ろしく心の強い、かつひどい社員ですよね。でも、仕事量は人の1.2~1.5倍、大きく突出はせず、でも仕事は十分できる社員でしたし、クライアントの受けも良かった。だから、そんなことをしても文句は言われませんでした」

    結局、会社員経験は5年3社でピリオドを打ちます。

    牡羊座は今後2年間、土星のもとに入る

    再びフリーの立場となり、フリーランスでコピーライターの仕事をします。仕事は順調に回り、会社員時代に知り合った広告ディレクターの何人かに声を掛け、ゆくゆくはプロダクションを立ち上げるプランもありました。

    しかし、仕事が早かったせいか、実質の労働時間は1日1時間~1時間半と、驚異的に短い。当時は月島に部屋を借りていたので、空いた時間は散歩がてら、ぶらっと銀座まで。映画を観て、本屋を回って、CDを買って。ところが、そんな優雅な都市生活も2年くらいで飽きてしまう。そう、就職前と同じ、あの感覚です。

    「あれ、どうしようという感じですよね。コピーライターも一生やり続ける仕事とは思っていなかったし」

    「そんなとき、月島のローソンで、某女性誌を立ち読みしたんですよ。そこでたまたま目にした星占いに、こう書かれてありました。牡羊座はこれから2年間、土星のもとに入る。その間に自分の中にある何かをクリスタライズ、結晶化させると良い。それを頑張れた人はその後すごく良い展望が開ける。そうか、だったら小説を書くしかないか……。自然とそう思ったんです」

    翌日から創作活動がスタートします。併せて、公募ガイドを買い、締め切りが近い新人文学賞に丸を付けます。角川書店の日本ホラー小説大賞(現・KADOKAWA「横溝正史&ホラー大賞」)、朝日新聞の朝日新人文学賞、講談社の小説現代新人賞と、次々と書いては応募していきました。

    いずれも落選しますが、すべて最終選考に残ったことで手応えは感じていました。そして、書き始めて1年後、『池袋ウエストゲートパーク』で、文芸春秋(文春)の第36回オール讀物推理小説新人賞を受賞します。

    「驚いたのは、出版社の扱いがすごく良かったこと。もしかして、期待の新人なんだろうか、と思ったほどです」

    「でも、理由はすぐに分かりました。連続ドラマにしたいとTBSから文春に連絡がきていたので。今思えば、文春でデビューできたのは、本当に幸運だったと思います。実は、講談社の文学賞が自分の中では本命で、それに向けて書いていたんですが、締め切り日までに完成しなかった。それで、その2週間後が締め切りだった文春に応募したんです。これも運なんですねえ」

    オール讀物推理小説新人賞を受賞し、晴れて小説家としてデビューした石田さん。次回はデビュー後の変化や、投資に関するお話、また石田さんには現在の日本がどう見えるのか伺います。

    【次回はこちら】
    >>「夢を育てよ」#11 石田衣良さんに聞く、投資とは「人類の未来に懸けるということ」vol.2

    取材・執筆/清水京武 写真/山田英博

    ※文中の経済・資産運用等に関する記載は石田衣良さんの感想であり、将来の運用成果等を保証したものではありません。
     投資に関する決定は、銘柄選定を含め最終的にはご自身の判断でなさいますようお願いいたします。

    このページの情報は役に立ちましたか?

    <関連記事>

    「夢を育てよ」#11 石田衣良さんに聞く、投資とは「人類の未来に懸けるということ」vol.2

    仕事も家庭も大切にしたい。“夫婦で起業”という選択肢

    「夢を育てよ」#10 「2年後、3年後が本当に楽しみです」堀井美香さんに聞く、仕事・子育ての取組み方と50歳からのモチベーション

    「夢を育てよ」#9 「もうあかんわ」という出来事の連続を愛らしく言葉に綴る。作家岸田奈美さんに聞く「人に頼ることが、当たり前の人生」

    <関連サイト>

    -moneyell-投資の「はじめて」と「これから」を応援

    <関連キーワード>


      RECOMMENDED この記事を読んでいる方へのオススメ

      カテゴリーごとの記事をみる


      TOP