キャリア

ママのスタイルは十人十色#6「不安定で低収入……そんなイメージのあった農業で見つけた新しい夢」


    • Facebook
    • Twitter
    • Hatena
    • Line

    2016年に「女性活躍推進法」が施行され、ワーキングマザーのキャリア支援が行なわれるようになりました。就業する女性のM字カーブは緩やかになり、出産や育児によってキャリアを中断する人は年々減ってきました。しかし、全てのワーキングマザーが自分らしく輝ける環境になったかというと、まだまだ足りない部分があるというのが現実ではないでしょうか。今回お話を聞いた吉瀬りえさんは、気象キャスターから外資系医療機器メーカーを経た後、一転して農業の世界へ夫婦で飛び込みました。東京から地方へ、会社員から自営業へ。大きく変わった働き方で見えてきたものとは?

    東京暮らしの会社員だった夫婦が農業に転身

    和歌山県紀美野町で、柑橘類を中心とした果樹栽培から販売までを生業としている吉瀬さんご夫婦。夫の雄也さんは果樹の生産を担当、妻のりえさんは生産物を使ってお菓子やジュースなどの加工品の開発・製造から、それらを販売するショッピングサイトの運営までを担当しています。

    作っている果実は、八朔、デコポン、温州みかんを中心に、梅やブドウのほか、市場ではあまり出回らないポンカンから生まれた「はるみ」や日向夏の交雑種「はるか」などさまざま。おしゃれなデザインのネットショップには、フレッシュな果実とともに、八朔ピールのお菓子や南高梅のジャムなどがズラリと並んでいます。

    「農家に対し1次産業だけを担うのではなく、加工業やカフェなど製造業やサービス業といった2次産業、3次産業にも取組もうという6次産業化が提唱されてから10年程経ちました。でも、生産以外のこともしっかりやって良いものを作ろうとすると、仕事量も労力も膨大になってしまいます。そこで、夫と私で分業することにしました。これまでの農家は、男性がメインで生産に携わり、女性がサポートするのが一般的でしたが、そうではないスタイルで農業に取組んでいます」(吉瀬さん)

    そんな吉瀬さんご夫婦が農業に転身したのは2017年。1人目の子どもが生まれてしばらく経った頃でした。移住するまでは東京で暮らす会社員の夫婦。全くの異業種へ、そして都会から田舎への引っ越しと大きな転身をした背景には、どんな理由があったのでしょうか。

    自分に合った働き方を求めて

    吉瀬さんはご自身が出産を経験する前から、ワーキングマザーの働き方に疑問を抱いていました。

    「知り合いのワーキングマザーの話を聞いていると、時短勤務ではやりきれない仕事量を期待されていました。家に帰れば育児も家事もあり、さらに持ち帰りの仕事もあるので、睡眠時間を削ってなんとか両立している状況で……。そんな姿を見て、この働き方ってどうなんだろうと疑問を持っていたんですよね」(吉瀬さん)

    また、20代の時に働いていた気象会社では、企画の立案からマーケティング、ときにはロケ地での撮影を行なったり、キャスターとして出演したりすることもありました。

    仕事にやりがいを感じ、120%の力で仕事をしていたこともあり、20代後半のときに体調を崩しがちに。そこで一度退職し、オーストラリアに留学。解剖学やアロマテラピーを学びました。

    その経験を経て、出産を控えた吉瀬さんは「20代のように120%で走ることもできないし、時短勤務をしながら葛藤の中で生きていくのもどうなんだろう?」と考え、キャリアを中断することにしました。

    「子どもが保育園に入る前の授乳をしていた頃、『社会から切り離されている孤独感をなんとかしたい』、『母でも妻でもなく、“りえ”という私を取り戻したい』という気持ちになっていたんですね。同じ頃、夫の叔父が後継者不在のため果樹農家を廃業しようとしていることが分かりました。それを知った夫が農業をやりたいと言い始めたんです」(吉瀬さん)

    吉瀬さんは、東京生まれの東京育ち。農業に接したことはなく、「稼げない」、「不安定」というイメージしかありませんでした。今後、2人目もと考えていた吉瀬さんは、農業への転身に大反対でした。

    「夫に5年後、10年後を見通した事業計画を教えてほしいと伝えたところ、夫が農業に対するプレゼンを行なってくれたんです。それを聞いて意識が変わりましたね」(吉瀬さん)

    「もしかしたら農業って私が考えているようなものではないかもしれない」と感じた吉瀬さんは、“現代の農業”について調べ始めます。

    すると、ちょうど農林水産省が「農業女子プロジェクト」を立ち上げ、各地でセミナーを開催していました。「農業女子プロジェクト」は、日本各地に点在する女性の農業従事者が結びつくと同時に、さまざまな企業とともに新しい商品やサービスを世の中に提供していくプロジェクトです。

    「セミナーに登壇している女性たちの取組みを聞いて、これまで私が持っていた農業に対するイメージが払拭されました。将来の可能性を感じたとともに、これまで携わった仕事で得た気象の知識やコンテンツ制作のノウハウ、アロマテラピーの勉強が活かせるかもしれないと思うようになっていったんです」(吉瀬さん)

    農業で見つけた新しい夢は“子育て”の視点から生まれた

    明るい未来を描いて和歌山県に移住し、就農した吉瀬さん夫婦。ところが、まったく計画通りにはいかなかったそう。

    「大雪や異常気象、台風など人間がコントロールできない苦労が農業には多く、努力が必ずしも実るとは限らないんですね。だから最初の1年は貯金を切り崩して生活していました。みるみるうちに減る残高を見て不安を感じていましたね」(吉瀬さん)

    農業をやっていくうちに、「食べると美味しいのに、見た目が悪いために売れない商品」が出てきてしまうことも分かりました。

    「見た目が悪いために売れない商品を、いかに美味しい別の食べ物に生まれ変わらせられるか?同じ価値か、またはそれ以上にできるか?」という点を重視して加工品を作ることに情熱を注ぐようになりました。そんな夢を持てたのも今の道を選んでよかったことですね」(吉瀬さん)

    そして商品開発をするうちに気づいたこともありました。

    「子育てと商品開発って似ているんですよね。子どもを見ていると、短所と思われているところが長所になることが多々あるんです。果物も同じで、八朔も苦いから嫌いという人がいます。この苦さは一見、短所のようなんですが、組み合わせや食べ合わせで長所になるんです。チーズと合わせるとまろやかになったり、ベーコンと合わせてさっぱりさせたり。短所に見えるところを活かせないのかなという感覚で、物事を見るようになりました」(吉瀬さん)

    試行錯誤するうちにメディアにも取り上げられ、次第に顧客も増えていきました。

    「直売をしているので、お客さんから『こんな美味しい八朔は食べたことない』と生の声が届くんです。大変な思いをして育ててきた果物を美味しいと喜んでもらえるのは、とても幸せで、生きている感覚をすごく味わえるんですよね。農業ってこういう仕事なんだと感じています」(吉瀬さん)

    農業の魅力を知り、そして新しい夢を見出した吉瀬さんには、もう1つ夢があります。

    「お菓子やジュースなどの加工物を作って販売する道筋が整ったら、いずれ近所の農家さんが傷があるなどの理由でなくなく廃棄しているものを買い取って、加工品として販売していくこともできるのではと考えているんです。子どもがまだ小さくてフルタイムで働くのが難しいというお母さんが、空いた時間でお仕事できるような環境を整えたいと考えています」(吉瀬さん)

    子育てをしながら仕事もすると決めたときに、生まれた悩みや無念さがあったからこそ、見つけられた新しい夢。きっと地域の女性たちも応援したいと思えるものになるはずです。

    高望みをせず、自然体の自分で

    新しい夢を見つけたとはいえ、まだまだ子育て中。悩みも葛藤ももちろんあります。

    「農業は土日に休みを取れる仕事ではありません。保育園や小学校が休みの日にも、対応しなければいけない仕事が発生するときもあり……。家事、育児、仕事の両立が今はしんどいですね」(吉瀬さん)

    そう話す吉瀬さん。一体、どのように乗り越えているのでしょうか。

    「自分自身にも子どもにも高望みをしないようにしています。高望みをすると『あれができなかった、これもできなかった』と苦しくなってしまいます。例えば『今日は食事を作るのは無理だ』ってときには『お惣菜を買っちゃおう』と自分を甘やかしてあげるんです」(吉瀬さん)

    子どもと密に関わる時期はそれほど長くありません。子どもの前で生きいきと笑顔でいられるためにも、頑張りすぎず、ときには自分を甘やかしながらバランスを取っていくことが、“働くママ”を上手に続けるコツなのかもしれません。それは、地方であっても、東京であっても変わらないはず。

    働くママとしての試行錯誤を続けるうちに、吉瀬さんのように働くママとしての視点から新しい夢を見つけられるかもしれません。

    ママのスタイルは十人十色 吉瀬りえさんの色は柑橘色

    「単純に今、柑橘にまみれているからですね。同時に、柑橘色って暖かい色ですよね。みかん畑から朝日や夕日が見えるのですが、それがまるで柑橘色に見えるんです。私も太陽みたいなお母さんとして、暖かい存在として印象に残ったら嬉しいなという期待も込めて、この色を選びました」

    東京での会社員生活、妊娠・出産、そして農業への転身……。目まぐるしい変化の中で、どんどん「色」が変わってきたという吉瀬さん。

    「これから先も私の『色』は変わっていくと思います」

    そう話す吉瀬さんのように、それぞれが今いる環境の中で自分が納得できる夢や生き方を見つけていきたいですね。

    <プロフィール>

    吉瀬りえ さん

    『きみのフルーツ』オンラインショップ店長。豪州の大学に留学後、帰国して気象会社に就職。気象番組制作やキャスター業に従事。20代後半で豪州に再留学し、アロマテラピーや解剖学を学ぶ。帰国後は医療機器メーカーに転職。職場で出会った夫と結婚し出産。その後、2017年に和歌山県紀美野町へ移住し就農。夫はフルーツ栽培の担当、りえさんはフルーツ専門通販サイトの運営や商品開発を担当と分業で、「きみのフルーツ」を運営する。

    このページの情報は役に立ちましたか?

    <関連記事>

    ママのスタイルは十人十色#4「働きながら自分のスキルを試す!転職とも副業とも違う選択肢」

    ママのスタイルは十人十色#5「出産、起業、地方移住……めまぐるしい変化の中で見つけた、自分のワークライフスタイル」

    これからのキャリアの考え方、“パラレルキャリア”とは?

    Withコロナ時代の転職事情「変化の激しい現代、自分らしいキャリアを築き続けるには?」

    <関連キーワード>


      RECOMMENDED この記事を読んでいる方へのオススメ

      カテゴリーごとの記事をみる


      TOP