「夢を育てよ」#8 貧しく厳寒の北海道の漁村から、札幌そして東京、スイスへ。フランス料理シェフ三國清三さんを導いた父の教えは「波が来たら、まっすぐに突っ込め」vol.2
前回の記事では三國さんが「波が来たら、まっすぐに突っ込め」との教えを活かし、北海道から東京、そして、スイスに料理人として向かうまでのお話を伺いました。今でこそ華やかでドラマティックなエピソードがたっぷりの経歴を持つ三國さんですが、言葉も通じないスイスではどのような経験をされたのでしょうか。
目次
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世界の頂点で学んだ「報酬があがるほどいい仕事がもらえる」
三國さんは、3月のジュネーブに降り立ちました。「雪が降っていて、山が白く、高いビルはない。その風景はもう、増毛と同じだった。ここならなんとかなるかもしれないって、逆に勇気づけられたんだよね」
ジュネーブの日本大使館では、まず米国大使夫妻を招いた晩餐会のフルコース料理を出すことになり、「フルコースって何だべ」状態の三國さんは絶体絶命。米国大使夫妻が通うというレストランへ研修に出かけ、米国大使夫妻のお気に入り料理をすべてマスターして晩餐会で披露、絶賛されます。
大使夫妻に懇願され、任期の2年を大幅に超える3年8カ月務めた後は、ローザンヌの名店『ジラルデ』へ。厨房のモーツァルトと呼ばれたフレディ・ジラルデさんの店にまたもやまっすぐに押し掛け、洗い場の食器をすべてきれいに洗い上げていたら、ジラルデさんに気に入られたのだとか。大使館勤務時代の休日を注ぎ込んで修業させてもらっていた三國さんでしたが、ついには大変な高給でシェフの職を得ました。
「実力に見合った報酬を要求する、自分を安売りしないというのは、ヨーロッパに行って覚えたことです。お金をたくさんもらうと責任も負担も倍かかるし、その分いい仕事がもらえる。フランスに修業に行く日本人って、ほとんど安い賃金の芋洗いなんですよ。そうじゃなくて、自分は日本円にして80万円くらいの給料をもらいたい、とまず主張して、いいポジションの仕事をもらい、どんどん覚えて、さらにいい仕事をもらっていく。プロフェッショナルになるって、そういうことですよね」
スイスやフランスの三つ星レストランを7つも経験し、足掛け8年の欧州修業を終えて帰国した三國さんは、帝国ホテル時代に村上シェフから聞いた「10年後には君たちの時代が来るから、しっかり力をつけておきなさい」の言葉通りに実力を培い、1985年、満を持して四ッ谷に「オテル・ドゥ・ミクニ」をオープンしました。
そこからの活躍は、誰もが知る通り。以来35年以上も天才料理人との呼び名をほしいままにし、1999年にはルレ・エ・シャトー協会の世界5大陸トップシェフの1人に、2004年には『ニューズウィーク日本版』「世界が尊敬する日本人100人」に選ばれました。2007年には「現代の名工」を受賞。2013年、フランスの食文化への功績が認められ、フランソワ・ラブレー大学で名誉博士号を授与されます。
国内では、2000年九州・沖縄サミット福岡蔵相会合の総料理長を務めました。現在までさまざまな自治体の食大使や食品アンバサダー、味覚を通して子どもの感性を育てる食育活動「KIDS-シェフ」やコロナ禍での医療従事者を食で応援する「医療従事者とともにあるシェフたち」など、ボランティア活動にも精力的に取組まれています。YouTubeで拝見できる明るく愉快な話しぶり、料理の手際にも、うっとりさせられるばかり。近年では、公益財団法人ラグビーワールドカップ2019組織委員会顧問や、公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会顧問も務められています。
増毛で食べたホヤが、料理人としての味覚を育んでくれた
服部幸應さんとタッグを組み20年ほど続けておられる食育活動「KIDS-シェフ」では、五味(甘い、しょっぱい、酸っぱい、苦い、うま味)が子どもたちの脳や五感を刺激し、豊かな感性を育むことを熱く伝えていらっしゃいます。
「現代の子どもたちはスナック菓子などの濃い味に慣れてしまっていますが、濃い味でごまかすのではなく、繊細な味覚を育てることで五味が脳を刺激して、感性がパッと開くんですよ。子どもたちが『見る、聞く、嗅ぐ、味わう、触る』という五感を十分に使って、ものごとを感じ取ろうとするようになる。例えば、嗅いでみてこれは腐っているから食べられないとか、見て音を聞いてにおいを嗅いで、大地震が起きたときに右と左とどちらに逃げるかの判断をしたりする。五感をちゃんと使えるというのは生き残るために大切なことなんです」
三國さんのところには、今話題のメジャーリーガーたちも訪れ、アスリートにも五感が大切であるという話で盛り上がったそう。「五感は勝負事にも大事な感性ですし、勉強もできるようになる。友達を観察して、気持ちを想像したり、心配したり、心を豊かにもします。そういう優しい気持ちを呼び起こすのも感性。小脳は8歳くらい、大脳は12歳くらいで完成するといわれますから、小さいときこそ味覚で脳を刺激して、働かせることが必要なんです」
三國さんは北海道・増毛という、自然豊かでかつ過酷でもある土地で育たれたことで、料理人として幸運な味覚体験をして育ったと話します。
「日本海に面する増毛は、激しくしけると漁に行けないから、凪の朝に浜辺に打ち上げられた魚介類を取りに行くんですよ。すると必ずホヤが落ちている。海のパイナップルと呼ばれるホヤは、食べ物の中で唯一、『甘い・しょっぱい・酸っぱい・苦い・うま味』の五味すべてを兼ね備えているんです。そして切ってすぐ食べられるから、僕にとってはご馳走のおやつみたいなものだった。ホヤなら10杯は食べられましたね。小さい頃に増毛でホヤをたらふく食べていたことで、僕の料理人としての味覚が育ててもらえたんです」
「ホヤの話をすると、今でもよだれが出ますよ」と笑う三國さん。「波が来たら直進」と人生のさまざまな局面を機転と熱意で乗り切り、必ず次のステップへのプラチナチケットをもぎ取ってきた”努力の天才”は、後進のシェフや、次世代を育てることに大きな情熱を持っておられます。
「若い人たちも、自分を信じてあげることが大事です。大丈夫かな、いやお前なら大丈夫だ、と自問自答して、自分を叱咤激励する。僕自身がずっと『まっすぐに突っ込め』と、なんとかなると思ってやってきて、その体験が自信を持つことの大切さを物語っているでしょう。あとは、できれば海外に行って、もまれてほしい。娘にも人種も価値観も宗教も違う人たちがたくさんいる海外で、いろいろな経験をしてほしいと思い、希望に沿って留学させました。やっぱり大きく成長しましたよ。それから、自分を安売りしないでほしい。うちのレストランも、社員にお給料は平気で4、50万円払っていますよ。当然、それに見合った責任を押し付けますがね(笑)」
そんな三國さんの後ろ姿に影響されたお弟子さんが、コロナ禍で病院にお弁当を届ける料理人の集まりのリーダーになっていたなんてこともあったそう。「責任が人を育てるんです」と、錚々たる名店の厨房で人生を切り拓いてこられた三國さんは、頼もしく輝く笑顔で話してくださいました。
まとめ
これまでの夢や目標
料理人。「お金や学歴はなくても、志は平等だ」との母の言葉を胸に、もっと美味いものと出会い、もっといい技術を身につけていきたいと、上を目指して飽くなきチャレンジを続けました。
夢を実現するためにやってきたこと
洗い場を自分から担当して食器や鍋を磨き上げるなど、人の嫌がることを進んでやること。すると、人の信頼がついてきました。そして、やりたいことは諦めずに口に出して言うこと。きっと相手も一緒に考えてくれるから。
大切な時間やお金の使い方
若い頃は、遊んで時間を潰すくらいなら、厨房で洗い物をしながらでも先輩やシェフの味、技術を学びました。給料はあえて高めの金額を要求した方が、もっと責任のあるいい仕事につながり、自分を育てられます。
お子さんの可能性を伸ばすために大切にしていること
本人の希望を応援する。娘がヨーロッパの大学へ進学したいと言ったとき、喜んで送り出しました。
これからの夢や目標
今のコロナ禍では、すべての人類が先の見通しなどつかない状況です。いつ終息するのか、あとどれくらいかかるのか。僕自身も予想もつかない中で、でも、何かできることはあるはず。その何かをいま僕もやろうとしています。新しいことを始めようと計画していますよ。楽しみにしていてください。
読者へのメッセージ
未曾有の事態で、いま僕から「若者よ!」なんて言えません。頑張れとか、辛抱したらなんとかなるだとか、そういう次元の問題ではない。でも「波が来たら直進」は、僕の体験からくる言葉として伝えることができる。若者にしても大人にしても、いま自分たちの頭でそれぞれ考えて、この波を乗り越えよう、できることを一緒に見つけていこう、そう思っています。
●三國清三さんプロフィール
1954年北海道増毛町生まれ。15歳で料理人を志し、札幌グランドホテル、帝国ホテルにて修業後、1974年駐スイス日本大使館料理長に就任。ジラルデ、トロワグロ、アラン・シャペルなど三つ星レストランで修業を重ね、1982年帰国。1985年、東京・四ッ谷にオテル・ドゥ・ミクニ開店。2013年フランスの食文化への功績が認められフランソワ・ラブレー大学にて名誉博士号を授与される。2015年フランス共和国よりレジオン・ドヌール勲章シュバリエを受勲。食育活動やスローフード活動にも力を注ぐ。
取材・執筆/河崎環 写真/山田英博
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