予定外の妊娠兆候に戸惑う36歳女性の選択 #4人の生き方、働き方vol.3
バリバリ働く周囲を見て焦ったり、仕事と家庭の両立で戸惑ったりと、とかく悩みが多い女性のキャリア。
計4回にわたってお届けするこの連載では、女性が抱えるキャリアの悩みを、短編小説風にご紹介。その後、実際のキャリアコンサルタントがその悩みについての考え方や解決策をアドバイスしていくという、小説とリアルがコラボした企画になっています。
小説には、年齢や職業、家族構成の違う4人の女性主人公が登場。ぜひ、ご自身やまわりの方々と重ね合わせて読んでみてくださいね。
仕事と趣味で充実した毎日。子どもがいる人生を考えたことはなかったけれど……
連載第3回目の主人公は、公認会計士のあゆみ、36歳。大手監査法人に勤務して13年目。国際監査部門でキャリアを積み、念願の海外勤務の話が巡ってきたと思ったとき、体調に異変が現れました。
人生設計になかったプランが突然に
「今日、お昼どうする?」
同期が声をかけてくる。いつもなら率先して店を提案するのだが、今日はそんな気分になれなかった。体調がいま一つなのだ。ここ数日、胸やけがして食欲がない。
「ちょっと確認しておきたいことがあるから、今日は外行くのやめとくわ。中で適当に食べるね」
「そう?帰りにコンビニで何か買って来ようか?」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
あゆみが所属している監査チームは繁忙期を乗り越え、ようやく一段落したばかりだ。緊張がとけてホッとしたせいで、体調を崩したのかもしれない。
そう感じる一方で、「もしかしたら、妊娠かも……」という思いが何度打ち消しても頭から離れない。そういえば、生理も遅れている。
「用意周到」。自分の性格をひと言で言い表すなら、この四字熟語しかないと思う。子どもの頃は夏休みになれば1日ごとに勉強の計画を立てていたし、公認会計士になると決めてからも大学と専門学校のダブルスクールをこなしながら、時間をやりくりして趣味の海外旅行もアルバイトも楽しんでいた。周りからは「いつ寝てるの?」と驚かれていたが、計画にスキがなければ、たいていのことは実現できるのだ。
結婚についても、「仕事に理解のある同業者と30歳までに」と決めていた。激務である監査の仕事を理解してもらうには、やはり同業者が一番だと思う。
元商社マンで中途入社組の亮平と、同じ監査チームで働くうちに付き合うようになり、結婚したのは32歳のときだ。予定より2年遅れだが、誤差の範囲内といえるだろう。亮平は2歳年下で、年齢もキャリアも給料もあゆみのほうが上だが、ひょうひょうとしていて、卑屈になったり変なプライドを振りかざしたりすることもない。
30代のうちに海外勤務を経験したいというあゆみの思いを知っていたこともあり、亮平とは「子どもより、まずは自分たちのキャリアを優先しよう」というすり合わせも済んでいる。
そして先週、ついにロンドンへの赴任を打診された。4年前にも一度海外赴任のチャンスがあったのだが、このときは父親の病気が発覚。一人娘のあゆみは、悩んだ末に行くのを断念していたのだ。
これまで、予測不能な出来事にぶつかりつつも、概ね計画通りに人生を歩んできたつもりだ。だが、子どもができるなんてことは、一切想定していなかった。妊娠検査薬を買ってはあるが、結果を知るのが怖くてまだテストしていない。
結局、子どもができたらマミートラックに乗ることになるの?
そうだ、監査の繁忙期が過ぎたら、小春と一緒に温泉に行こうと約束していたのだった。小春とは旅先で知り合った。20代最後の旅行として、秘境好きのあゆみはペルーの世界遺産であるマチュピチュを選んだ。現地のオプショナルツアーに参加したのだが、クスコから列車で4時間、バスで30分の道のりは想像以上にハードだった。電車もバスも揺れまくり、高山病による頭痛と乗り物酔いがミックスされて、マチュピチュに着いたあゆみはヘロヘロになってしまった。そんなときに、あれこれ世話を焼いてくれたのが一緒のツアーに参加していた小春だった。
小春は現在、43歳で独身。7歳年上だが、話してみると同じ秘境好きに加え、キャリアを追求していきたいという仕事に対する考え方も似ていて、すっかり親近感がわいてしまった。
外資系生命保険会社の営業マネージャーとして30人の部下を率いているというだけに、あゆみの仕事の悩みにいつも的確なアドバイスをくれるのもありがたかった。以来、2年に1度は一緒に海外旅行へ行っている。普通の女子は嫌がりそうな、ひなびた温泉宿が好きという共通点もあり、週末のプチ国内旅行も一緒に行く仲だ。
仕事帰りに待ち合わせたカフェに現われた小春は、グレンチェックのパンツスーツ姿だ。ショートカットに、ゴールドの小ぶりなフープピアスが似合っている。
「顔色が悪いみたいだけど大丈夫?もしかして……おめでたとか?」
ドキリとしたあゆみは、どう反応していいかわからず、黙り込んでしまった。
「あれ、もしかして当たっちゃった?だったら、今回は温泉やめとく?」
「まだはっきりしてないんですけど、ちょっと体調が悪いので、温泉はやめておこうかと思って。本当にすみません」
「だったら、電話とかでそう言ってくれてもよかったのに!体調悪いのに逆に申し訳なかったね」
頼りがいのある小春の顔を見たら、相談したい気持ちがどんどん膨らんでくる。
「今すごく迷っていて。絶対子どもは作らないと決めていたわけではないから、できたのなら大切に育てたいとは思うんです。でも、実は海外赴任の打診があったんですよ」
「わぁ、めでたいことが続くなぁ。お父さんの病気もよくなったし、産休さえとれるように言っておけば、今度は大丈夫だね。亮平くんが一緒について来てくれるなら、海外赴任だって乗り切れるんじゃない?」
確かに、公認会計士同士の夫婦は、妻の海外赴任に夫が家事・育児担当でついていくケースもないわけではない。ただ、亮平のキャリアに支障が出てしまうのは否めない。それに、たとえ海外赴任は亮平と協力して乗り切っても、帰国後の働き方は変えざるを得ないと思う。
公認会計士のような専門職の場合は、育休から復帰した女性が本人の意思とは関係なく、昇進やキャリアコースから外れてしまう、いわゆる“マミートラック”の状況にはなりにくいと言われている。あゆみも海外赴任から戻れば昇進する可能性が高い。その場合、時短勤務で育児をしながら、部下のマネジメントもすることになるが、果たして自分にできるだろうか。さすがにそんなことができるのはひと握りのスーパーウーマンであって、自分に真似できるとは思えない。
かといって、負担の少ない業務を希望すれば、昇進は難しくなるはずだ。そうなれば、結果的にマミートラックに乗ることになるのではないだろうか。子どものためにキャリアを犠牲にしたくはないし、昇進して給料アップを叶え、もっともっと海外の秘境を訪れてみたいという気持ちだってある。
全てが計画通りにいくわけじゃないと、わかってはいたはずなのに
「家庭重視でいいとは割り切れないし、かといって子育てしながらキャリアを追求していくタフさにも自信がなくて」
「でも、それは自分で選択するしかないよね。全部は手に入らないんだから」
わずかだが、小春がイラっとしたように見えた。いつもは何を相談しても、あゆみの気持ちに寄り添って話を聞いてくれるのだが、どうも勝手が違う。さりげなく違う話題に切り替えることもできたが、今日に限ってはあゆみもカチンときてしまった。
全部が全部手に入らないことはわかっている。キャリアを諦めたくないなら、今の仕事ぶりでは足りないということも。でも、今でもいっぱいいっぱいなのに、これ以上頑張れる自信がない。だから決められないのだ。
「小春さんみたいに、なんでも完璧にできるバリキャリの女性にはわかってもらえないかもしれないけど……」
小春の顔を見る勇気がなくて、下を向いたまま、勢いに任せて思わず本音をぶつけてしまう。ガタンと音がした。
「何も知らないくせに!」
驚いて顔を上げると、小春が勢いよく立ちあがった反動で椅子が倒れ、唇をふるわせてこちらをにらみつけている。あっけにとられ固まっているあゆみを見かね、カフェのスタッフが「大丈夫ですか?」と、椅子を起こしながら声をかけてくる。その声で、小春も我に返ったのか「あ……お騒がせしてすみません」とスタッフや周囲のお客さんたちに謝罪し、ふぅと大きなため息をつきながら、椅子に腰を下ろした。
「ごめんね。今日、ちょっと会社で嫌なことがあって。あゆみが悪いんじゃないのに、八つ当たりしちゃった」
「私こそ、いつも自分の相談ばっかりで。甘えてしまってすみませんでした」
「ううん、正直、子どものことで悩むあゆみがうらやましかったのかも。私ってほら、恋愛やら結婚やら出産やらに関心なくて、なんでもパキっと割り切ってると思われがちじゃない?ひと言もそんなこと言ってないのに」
そうサバサバと話す小春は、もういつもの彼女に戻っていた。そうだ、私だって、周囲から「用意周到」だと頼りにされてしまうがゆえに、それがプレッシャーになって自分の悩みを相談できないことがあるではないか。隣の芝生は、つい青く見えてしまう。完璧に見える小春にだって、悩みがないはずはないのだ。
「妊娠、まだはっきりしてないって言ってたけど、病院には行ったの?」
「それが……検査薬は買ったんですけど、勇気がなくて」
「そうなの!?だったら、今検査してくれば?」
小春に背中を押されてトイレへ向かう。1分間が、これほど長いと思ったことはない。おそるおそる判定窓に目をやると、赤紫のラインは表れていなかった。つまり、妊娠はしていなかったのだ。
「どうだった?」心配そうに、小春が訊ねてくる。
「すみません……あんなにグダグダ言っちゃったのに」
「そっか。でも、いろいろ考える機会になってよかったのかもよ?海外赴任、楽しみだね!亮平君とはどうするか話したの?」
「ずっと忙しかったら、話し合いはこれからなんですよ」
ホッとすると同時に、検査の結果に少しだけ落胆している自分がいることに意外な気がした。自分たちのキャリアや子どもについて、もっと深く亮平と話し合ってみよう。小春と一緒にカフェを後にしながら、人生設計を考え直してもいいかもしれないと思い始めていた。
マミートラックに乗りたくない。子どもはどうする?
アドバイスをくれたのは……
キャリアコンサルタント 土屋美乃さん
慶応義塾大学商学部卒業後、株式会社リクルートエージェント(現リクルートキャリア)に就職。人材紹介部門の法人営業として主にIT業界に対する採用支援、人材紹介を行なう。また、人事部で新卒採用担当として、新卒採用にまつわる企画・設計から業務全般を担当した。2009年にキャリアカウンセラーとして独立し、2年後には株式会社エスキャリアを設立。『自分らしいキャリア』の実現をテーマに、主にライフイベント期の女性に向けたキャリア支援を行なっている。
子ども・キャリアとの関わり方は本当に人それぞれ。それに、人生の計画を立てていたとしても、状況や気持ちはいつ変わるかわかりません。今回は、あゆみのように全てを諦めたくないがゆえに、子どもをもつタイミングやキャリアパスに悩む方へのアドバイスです。
【アドバイス①】完璧主義を手放して、周りと協力しよう
あゆみのように仕事が好きで得意なタイプにとって、今まで積上げて来たキャリアを、出産・育児で中断することはとても不安でしょう。
働き方改革が進んできているとはいえ、海外赴任に昇進、加えて家事や子育てを全て完璧にやり切るのは、実際のところ難しいものです。
だからこそ伝えたいことは、「完璧主義を手放そう」ということです。「全ての役割を完璧にこなすのは無理」と割り切るのです。
キャリアに悩んで相談に来られる女性たちは、真面目で責任感が強く、職場での役割に加えて、母親としての役割、妻としての役割なども完璧にこなそうとする意識をお持ちの方が多いです。でも、完璧主義のまま出産・育児というライフイベントに突入すると、パンクしてしまう恐れがあります。パートナーと協力したり、他の人に任せられるところは任せたりと、自分だけで全てを担おうとしないことが大切です。
【アドバイス②】パートナーとは常に気持ちを確認し合おう
あゆみのように、子どもやキャリアについてパートナーと話ができていることは素敵なことです。ただ、人の気持ちは変わることもありますし、出産に関してだけは、タイムリミットがあります。だからこそ、今の自分が本当に大切にしたいこと、優先したいことについて、パートナーとは常にコミュニケーションをとり、お互いの気持ちを確認しあうことが大切です。
子どもを産む・産まない、産むとしたら何人、養子を迎える、など選択肢が増え自由に選べる時代になったからこそ、「今の自分の気持ち」が選択基準になるのです。
【アドバイス③】妊娠出産とキャリアについて、職場でも意識的なコミュニケーションを
マミートラックとは、子育てをしながら働く女性が、本人の意思とは関係なく、昇進昇格などから縁遠いキャリアコースになることをいいます。時代の流れで働き方が多様になってきていますが、まだまだ上層部や上司が「女性は出産したら仕事を楽にしてあげたほうが良い」と悪気なく思い込んでいるケースも多々見受けられます。
だからこそ、「子どもを持ったとしても、責任ある仕事に就きたい」という気持ちがあるなら、普段から上司にしっかり伝えておくことが重要です。
また、職場の同僚同士で、出産・育児の経験や知識を共有する機会を積極的にもってほしいです。理想の働き方を実現するヒントを見つけやすくなりますし、周りの人の「出産したら昇進昇格コースからは外れてしまうもの」というバイアスを払拭することにもつながります。
【メッセージ】キャリアに「ブランク」はない。自分の気持ちを大切に
全ての女性に伝えたい考え方の一つに、「キャリアブレイク」というものがあります。ライフイベント等によるキャリアのお休み期間をブランク(=空白)と捉えるのではなく、人生に必要なブレイク(=休暇)と捉えるのです。
“人生100年時代”とも言われるこれからの時代、キャリアを長い目で見てみると、キャリアブレイクを経験することは人生の幅を広げることにつながります。
育児など仕事以外の経験を通して、新しい考え方やスキルを身につけることができるでしょうし、自分のキャリアを客観的に見られるようになったり、違うキャリアに進む可能性を考える機会になったりもするでしょう。
キャリアの選択肢や目指す方向はたくさんあります。その時々の「今の自分の気持ち」に従って、どんな方向に進んでも良いのです。自分自身としっかり向き合い、気持ちを大切にしながら、自分らしいキャリアを歩んでいっていただきたいと思います。
小説/伊藤彩子
イラスト/小野塚綾子
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