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2018年9月21日
学生時代のリーダー経験で社会的成功が決まる?『「学力」の経済学』著者に聞く、「非認知能力」の大切さ
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    河崎 環
    コラムニスト。慶應義塾大学総合政策学部卒。予備校・学習塾での指導経験を経て、教育・子育て、政治経済、時事問題、女性活躍、カルチャー、デザインなど多岐にわたる分野で記事・コラム執筆を続け、政府広報誌や行政白書にも参加する。22歳女子と13歳男子の母。著書に『女子の生き様は顔に出る』(プレジデント社)。

    これまで子どもの早期教育といえば、IQや学力などで示される記憶力、理解力、論理的思考力といった「認知能力」を育てるものが主流でした。しかし『「学力」の経済学』著者の中室牧子先生によれば、認知能力と同じくらい、大切な能力があるといいます。

    では、幼少期にはどんな力を伸ばせばいいのでしょうか。中室先生は自制心やGRIT(やり抜く力)をはじめとする「非認知能力」を養うことが重要で、そうした力こそが将来の学歴、所得、昇進などの社会的成功に大きく寄与するといいます。そもそも「非認知能力」とはどのような力で、どうしたら幼少期にそれを育てられるのか詳しく伺いました。

    中室牧子さん
    慶應義塾大学総合政策学部 准教授
    1998年慶應義塾大学環境情報学部卒業。日本銀行、世界銀行などを経て、コロンビア大学(アメリカ)で学び学位取得(MPA,Ph.D.)。2013年から現職。専門は経済学の理論や手法を用いて教育を分析する「教育経済学」。産業構造審議会等、政府の諮問会議で有識者委員を務める。著書『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トウェンティワン)は発行部数累計30万部のベストセラーに。

    部活や生徒会でのリーダー経験が、将来の賃金を左右するのはなぜ?

    ―少し前に、中室先生が「学生時代に部活や生徒会、地域のコミュニティー活動などでリーダーを経験した人は、経験しなかった人に比べて就職後の賃金が高くなる」と書かれているのを読んで驚きました。

    慶應義塾大学総合政策学部 准教授 中室牧子さん(以下、中室)
    確かにそうした結果を示す研究は非常に多くありますね。経済学の権威ある学術誌の1つである『The Journal of Labor Economics』に掲載された論文(*1)では、アメリカのデータを用いて、高校時代にリーダーシップを発揮した経験は、高校卒業から10年を超えたあたりから効果を発揮し始め、リーダーシップを発揮した経験のない人と比較して、賃金が約4%〜33%ほど高くなったことが報告されています。

    リーダーシップの重要性はアメリカでは広く知られていますので、アメリカの大学入試では(近年では日本におけるAO入試などでも)、リーダーシップを取った経験を披露するよう求められることは少なくありません。一般には、ランキングの高い大学ほどその傾向が強いようです。ただし、リーダーシップのスキルが高く評価されるのは、高学歴の労働者だけではありません。先の論文では、リーダーシップの経験は、高校時代の学力や学歴によらず、プラスの影響があることを示しています。

    ―やはり管理職に必要な能力であり、その役職に就いたときに経験が役立つということでしょうか?

    中室 もちろん、それもあるでしょう。先に紹介した研究では、高校時代にリーダーシップを発揮した経験があると、管理職に就く確率が上がることや、管理職になった後の賃金の上昇率が特に高いことを示しているからです。

    ただそれだけではなく、この研究では、リーダーシップを発揮するような経験をすると「非認知能力」の獲得につながり、それが社会的な成功につながっていることも指摘されています。日本のデータを用いた研究でも、リクルートワークス研究所の戸田淳仁主任研究員らの研究(*2)で、中学生や高校生のときに養った勤勉性、協調性、リーダーシップなどが、学歴や雇用、収入などに影響していることが示されました。また、ある著名な研究は(*3)、非認知能力は、学力テストやIQテストで測られるような認知能力を向上させるが、その逆は観察されないことを明らかにしています。

    ―「非認知能力」といえばGRIT(やり抜く力)が話題になりましたが、幼少期にそうした「非認知能力」を育てることはやはり大事なのでしょうか?

    中室 もちろんGRITは「非認知能力」の一つですし、そうした能力を幼少期に育てるのは非常に重要です。特に、幼少期に身につけることで、将来のリターンが高くなることを示した研究があります。これは、ノーベル経済学賞賞受賞者でもあるシカゴ大学のジェームズ・ヘックマン教授らによる「ペリー幼稚園プログラム」についての研究(*4)で、1960年代半ばから、質の高い幼児教育を受けた子どもたちを何十年も追跡調査をすることによって明らかになったことです。この研究では、質の高い幼児教育が、学力やIQテストで計測されるような認知能力にもたらした効果は小学校低学年で失われてしまった一方、非認知能力への効果は長期間失われず、それがのちに子どもたちが成人した後の社会的・経済的成功をもたらしたのではないかと考えられています。

    「非認知能力」の中でも重要な「自制心」と「GRIT(やり抜く力)」

    ―改めて「非認知能力」とはどのような能力のことで、その中でも重要なものは何かを教えていただけますか。

    中室 「非認知能力」は文字通り「認知能力」以外の力ですから、非常に幅広い概念です。私は『「学力」の経済学』の中では、過去の研究を参考に、9つに整理しました。近年、こうした非認知能力のいくつかが賃金や昇格などと相関があることを示した研究があり(*5、*6)、注目を集めています。これは直観的にもよく理解できることで、たとえどんなに学力が高かったとしても、モチベーションが低かったり、自制心や粘り強さに欠ける人が社会的に成功することは難しいということなのではないでしょうか。そうした「非認知能力」の中でも、私は子どもの人生の成功に長期にわたって因果効果を持ち、教育やトレーニングによって伸ばせるという観点から「自制心」と「GRIT(やり抜く力)」に注目しています。

    中室 自制心がもたらす成果については、当時スタンフォード大学にいたウォルター・ミシェル教授によるマシュマロ実験(*7)が有名です。この実験で自制心があると見られた子と、そうではなかった子の成長を追ったところ、後者に比べて前者はアメリカの大学入試で使われるSATという試験の点数が高かったことがわかっています。また別の実験では、自制心を調べる実験に参加した4歳児を32歳まで追跡調査し、自制心のある子は所得が高く、健康状態がよく、貯蓄率が高いなどの結果を得ています。こうした研究によって、自制心の強さという「非認知能力」は20年、30年経ってもよい影響をもたらすと考えられています。

    ―GRITとも呼ばれる「やり抜く力」は、すでに幼少期の教育でも重要性が指摘されていますね。ではこのような「非認知能力」はどうすれば身につくのでしょうか?

    中室 これは非常に難しい質問です。非認知能力についてはまだ研究の途上で分かっていないことも多いのです。近年は「非認知能力は高ければ高いほうがいい」という誤解もあるようですが、それは必ずしも正しくありません。また、先ほどから能力という言葉を使ってはいますが、「非認知能力」は、「能力」と翻訳する向きもありますが、どちらかといえば経験や教育によって習得する「技能」に近い概念です。このため、どのような能力を獲得するかによって教育やトレーニングは違ってくるでしょう。例えば自制心を養うのであれば、先生に「イスの背もたれに背を付けないよう意識をしなさい」といわれ、それを真面目に実行した学生の成績が向上した、という研究が参考になるかもしれません。これは背筋を伸ばしたことが成績に影響したというより、一般的には継続しにくいことを意識してやり続けたことで自制心が養われ、成績の向上につながったと考えられています。

    精神論や経験論を見直し、エビデンス・ベーストで子どもに接する

    ―ちょうど私が子育てをしていく中で、ゆとり教育から脱ゆとり教育へと大きな変革が行なわれたんですね。もちろん子どもたちが一番大変だったと思いますが、私も何を拠り所に教育を考えればいいのか迷ったときがありました。そうしたところに中室先生が『「学力」の経済学』でエビデンス・ベーストの教育という方向性が提示され、私と同様に悩んでいた多くの親御さんに受け入れられたのだと思います。

    中室 エビデンス・ベーストという考え方は、医療分野での起こった動きを端緒としています。医師の経験や勘に過度に頼ると誤診が増えてしまう。この反省から、臨床試験やデータを用いた研究成果に基づいて診断をしましょうという動きが広がったのです。これは教育でも同じことだと思います。「子どもたちの表情や目の色が変わったようだ」などという、人によって感じ方が異なるような主観的な見方で判断するのではなく、客観的な根拠をもとに教育の効果を計測しようというものです。特に、多額の税金を投入する教育政策にはこうした客観的な評価は不可欠ですが、他の先進国とは異なり、残念ながら日本ではまだ「私の子どもの頃はこうだった」とか、「こんな育て方で子どもを大学に入れた」など、個人的な経験や特殊な事例をそのまま一般に当てはめようとする傾向が非常に強く残っています。個人の体験談が間違いだというつもりはありませんが、一人の人が体験できることは限られていますし、偶然に左右されることもありますから、過度に個人の体験に依拠した判断をすることは危険だと思います。

    ―確かにそういうウェットな手触りというか、感情に訴えるような言説が広がりやすいと思います。特に親御さんは自分が子どもの頃に受けた教育、周囲の友人からの情報などに頼った子育てに傾きがちですから、注意しないといけないですね。

    中室 意外だと思われるかもしれませんが、行政や学校よりも、一般のご家庭のほうが合理的な判断をされていることも多いのではないかと私は考えています。親が子どもの教育に使えるお金も時間も限られている中で、どのようにそのお金や時間を配分するのか――これは、経済学の根幹ともいえる考え方です。

    むしろ、一般のご家庭が普通に持たれているこの感覚を、もう少し行政や学校でも持つ必要があるのではないかというのが私の問題意識です。今の日本は、GDPに占める公的な教育支出の割合が先進国の中で最下位となっています。その限られたお金や時間を何にどう使えば効果的なのかということを積極的に示さなければ、次世代への投資が適切に配分されないままではないかと、多くの専門家が危惧しています。

    ―個人の経験や感情論で物事が決まる傾向は、そろそろ変えないと。とはいえ、家庭で子育てや教育に関する意思決定の際に、何か判断基準になるものがあればとも思います。

    中室 私は個人の自説にすぎないものに過度に信頼を置くのではなく、少々難しくても専門家の発信のほうがはるかに信頼がおけるということを強調したいと思います。一般の方が思うより、教育に関する研究には多くの専門家が関わっています。教育学はもちろんのこと、心理学、行動遺伝学、社会学などの分野でも研究が進み、近年ではビッグデータと呼ばれる大規模データを用いた研究も行なわれるようになってきています。実は、私が『「学力」の経済学』に書いた内容は、経済学者にとっては何ら新しい内容ではなく、全員がすでに知っていることばかりです。でも、一般の人にはほとんど知られていない。私がこの本を書こうと思ったのは、アカデミアの世界では当然のように知られていることを、専門家ではない多くの方にも知っていただきたいと考えたからなんです。

    ―先ほどは「自制心」と「やり抜く力」が特に重要と話されましたが、私たち保護者がそうした力の重要性を知って、子どもたちに接することも大事なのでしょうか。

    中室 そう思います。「ペリー幼稚園プログラム」でご紹介したヘックマン教授が行なった別の研究で、高校を卒業して大学に入った学生と、高校には通わず、日本でいう高卒認定試験を受けて大学に入学した学生を比較したものがあります(*8)。この研究では、高校卒業者のほうが、高卒認定試験修了者よりも自尊心、自制心などの非認知能力が高く、卒業後の収入や就職率が高かったという結果が示されています。おそらく、これは友人や教員と共に過ごす「高校」という環境が「非認知能力」を身に着けるうえで重要な役割を担ったからだと考えられます。この発見をもとに、ヘックマン教授は、非認知能力とは「Taught by somebody」、誰かに教わるものだと述べています。「読み・書き・そろばん」であれば独学で習得することもできるでしょうが、非認知能力を独学で身に着けるのはむずかしいということなのでしょう。つまり「非認知能力」の獲得には子どもらが過ごす「環境」がとても重要で、子どもにとっては家庭や学校が「非認知能力」に大きな影響を与えるといえるのではないでしょうか。

    ―Taught by somebodyというのはとても心に響きますね。特に中学生、高校生の記憶では、教科書に載っていることより友人や先生の言葉の方が印象に残っていますから。そうなると私たち保護者も「自制心」と「やり抜く力」を持たねば、ということですか。

    中室 その通りです。ただ誤解のないよう付け加えると、「非認知能力」の獲得には幼少期だけが重要なわけではなく、成人後まで鍛えて伸ばせるものだと主張する研究もあります。リーダーシップの話でも触れたように中学生、高校生になってからの経験も非常に重要です。その意味では子どものときだけでなく、部活動や生徒会活動などリーダーシップを発揮できるような経験を積むなど、将来に役立つ非認知能力を獲得できるよう、様々な経験ができるとよいのではないかと思います。

    ―本日はどうもありがとうございました。

    取材・文/河崎環 SODATTE編集部

    <参考文献>
    (1) Kuhn, P., & Weinberger, C. (2005). Leadership skills and wages. Journal of Labor Economics, 23(3), 395-436.
    (2) 戸田淳仁, 鶴光太郎, & 久米功一. (2014). 幼少期の家庭環境, 非認知能力が学歴, 雇用形態, 賃金に与える影響. RIETIDiscussion Paper Series, 1-25.
    (3) Cunha, F., Heckman, J. J., & Schennach, S. M. (2010). Estimating the technology of cognitive and noncognitive skill formation. Econometrica, 78(3), 883-931.
    (4) Heckman, J. J., Moon, S. H., Pinto, R., Savelyev, P. A., & Yavitz, A. (2010). The rate of return to the HighScope Perry Preschool Program. Journal of public Economics, 94(1-2), 114-128.
    (5) Lee, S. Y., & Ohtake, F. (2018). Is being agreeable a key to success or failure in the labor market?. Journal of the Japanese and International Economies.
    (6) Heckman, J. J., Humphries, J. E., & Kautz, T. (Eds.). (2014). The myth of achievement tests: The GED and the role of character in American life. University of Chicago Press.
    (7) Mischel, W. (2014). The marshmallow test: understanding self-control and how to master it. Random House.
    (8) Heckman, J. J., Humphries, J. E., & Kautz, T. (Eds.). (2014). The myth of achievement tests: The GED and the role of character in American life. University of Chicago Press.

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